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コーチの「痩せろ」が残す深い傷 女性アスリート引退後も続くボディ・イメージと食行動の葛藤

引退後の元エリートレベル女性アスリートを対象に、ボディ・イメージや乱れた食行動について半構造化インタビューを行った質的研究の結果が報告された。論文のタイトルは「Coaches Say Lighter Is Better, but at What Cost?(コーチは軽いほうが良いと言うが、その代償は?)」とされている。カナダで行われた研究。

コーチの「痩せろ」が残す深い傷 女性アスリート引退後も続くボディ・イメージと食行動の葛藤

引退後の女性アスリートに現役時代を内省的・批判的に振り返ってもらう研究

女性アスリートはボディ・イメージに関する不満や乱れた食行動(disordered eating)を経験しやすいことが知られている。これらには、キャリアのための必要性のほかに、アスリート同士の比較、コーチの体型にかかわる発言なども関与していると考えられている。

一方、アスリート、とくにエリートアスリートにとって、引退は人生が大きく切り替わるプロセスであり、引退を境に食行動を含む生活パターンが急変する。アスリート同士の比較やコーチの発言に接する機会もなくなる。それにもかかわらず、ボディ・イメージに関する不満や乱れた食行動が、引退後にも引き続きみられる可能性がある。ただし、女性アスリートの引退後のそれらの問題については十分理解されていない。

これらを背景として、今回取り上げる論文の著者らは、エリートレベルで活躍後に引退した元アスリートの女性を対象に半構造化インタビューを実施し、質的解析を行った。著者らは、現役のアスリートはたとえ健康上有害と考えられるような行動であっても、それを正当化して解釈してしまう可能性があるが、引退後にはそのような過去の行動を内省的・批判的に捉えるようになるのではないかとしている。

8人の元エリートアスリートの女性に半構造化インタビュー

この研究の対象者は、カナダ国内から、InstagramやXなどを通じて募集された、元エリートアスリートの女性8人。年齢は19~33歳で、引退後の経過は2.5±3.12年、行っていた競技は、フィギュアスケート、水球、アーチェリー、アイスホッケー、水泳、サッカーなど。

インタビュアーは2人で、そのうち1人は、エリートレベルのチームスポーツの競技歴があり食行動の乱れの経験があって、現在は運動生理学におけるスポーツ心理学の観点からアスリートのボディ・イメージを研究しているシスジェンダーの女性であり、6回のインタビューを行った。もう1人は、競技スポーツ歴があり現在は運動生理学におけるスポーツ心理学の観点からボディ・イメージを研究しているシスジェンダーの男性で、2回のインタビューを行った。

インタビューはZoomで行い、時間は45~75分だった。8名のインタビューが終了した時点で、新たに追加すべきトピックは存在しない飽和状態に至ったと考えられた。

食行動、ボディ・イメージに関する三つのテーマ

帰納的内容分析により、「競技中の乱れた食行動の社会的影響と誘因」、「食行動が最も乱れた時期」、「自己の再形成と代償行動」という三つのテーマが浮かび上がった。

競技中の乱れた食行動の社会的影響と誘因

このテーマは、乱れた食行動の発症とボディ・イメージの低下につながり得る、以下の三つのサブテーマによって定義された。

コーチは関心がなく、資格がない

元アスリートの多くが、体型や栄養に関するコーチのコメントや意見から、コーチがそれらの点においてアスリートを指導する資格がないと感じていた。コーチはアスリートの食習慣に頻繁に言及し、それが不良なボディ・イメージや乱れた食行動につながっていたと捉えられていた。また、コーチによる適切な教育の欠如は、アスリートのネガティブな経験、パフォーマンスへの疑問、引退の前倒しと関連していると考えられていた。

具体的な体験談として、「コーチはただ『もっと健康的な食事をしなさい』と言っただけで、それがどういう意味かは言わなかった。私はそのコメントを『食べるのをやめなさい』と言っていると解釈した」、「深刻な病気による体重減少後に『その体重を維持できれば筋肉をつけられる』と肯定的なコメントをされた」、「コーチから『1ポンドは1秒のようなもので、体重が増えれば記録は悪化する』と言われた」などが挙げられる。

良くも悪くも親が「雰囲気」を決める

親は、アスリートの体や食べ物に関する発言を通して、幼少期のボディ・イメージの形成や乱れた食行動に大きな影響を与えていた。

「大学4年生の時に前十字靭帯を断裂してしまった。父親に『膝がすごく痛く落ち込んでいる」というと、『太らないように食べる量を減らさなきゃ』と返答された」、「母親から『太ももが太くなってきたよ』と言われ、私は太ももをつねったりしていた」。

仲間は必ずしも友達ではないが、サポートしてくれる人もいる

アスリートのチームメイトは、しばしば互いの体型や食生活を比較し、参加者のボディ・イメージに悪影響を及ぼしていた。「私たちはよく、例えば腹筋を比べていた。誰の腹筋が一番割れているかを決め、その人の食事を真似していた」、「どんなスポーツでも、体重に過度に執着する人がいるものだ」。

食行動が最も乱れた時期

あらゆる手段を使って体重を減らす

競技生活中に体重を減らす主な方法として、食事制限とオーバートレーニングが挙げられた。「1日1000kcalくらいに抑えるようにしていた。とにかく痩せていたかった」、「私はオーバートレーニングをして十分な食事を摂らず、それが怪我などの問題にもつながっていたと思う。体が健康を維持するために必要な栄養を摂取できていなかった」。

肉体的および精神的な負担

「飢餓のような状態のおかげで、体重は簡単に減り始めた。しかし、髪の毛が抜け始め皮膚疾患も現れてきた」、「断食による急激な体重の変化は、病気やスポーツパフォーマンス低下につながった。パフォーマンス向上のためにさらに過度なダイエットを試みるも、パフォーマンスは悪化するという悪循環に陥った。引退後も身体的影響に苦しみ続けていて、食欲は依然として低い」。

自己の再形成と代償行動

アイデンティティーの変化

スポーツからの引退は、参加者のアイデンティティーの転換点となっていた。しかし、競技に出場するために特定の体型を保つ必要性がなくなったにもかかわらず、依然として外見へのプレッシャーを感じているアスリートも存在した。「アスリートではなくなった今、私は何者になりたいのか? もう1年経ったが、いまだにその葛藤を抱えている」、「重いウェイトをもう持ち上げなくてもいい。有酸素運動をするべきだ。ただ痩せていればいい」。

代償的な食事と運動

「引退後は本当に自由になった気がした。やりたいことを何でもできる気がして、ダイエットに対する気持ちが消えていった。制限したり痩せたりする必要性を感じなくなり、鏡に映る自分の体に満足できる気がした」という前向きな変化が報告された一方で、「以前より食べるものをずっと意識するようになった。カロリーをあまり消費していないということは、そんなにたくさん食べられないということなので、量をもっと厳しく制限するようになった」といった、引退後も葛藤を経験している女性も存在した。

著者らは、「これらの結果は、引退したアスリートが、外見にこだわらず、むしろポジティブなボディ・イメージと食行動を促進する楽しい活動を見つけることに重点を置くよう、身体活動とスポーツの目標を再調整する必要があることを強調している」と総括。また、「ポジティブなボディ・イメージと食行動との健全な関係性を強調していくことが、女性アスリートがスポーツに長期間熱心に取り組み、引退後の身体関連の問題の軽減に貢献するのではないか」と述べている。

文献情報

原題のタイトルは、「Coaches Say Lighter Is Better, but at What Cost? A Qualitative Exploration of the Lingering Impact of Body Image on Disordered Eating in Retired Elite Women Athletes」。〔Qual Health Res. 2025 Apr 22:10497323251331800〕
原文はこちら(SAGE Publications)

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